No.53 水稲畦立栽培

朝鮮農業から学んだ「畑と水田をつなぐ」水稲栽培法

元会長  塩谷 哲夫

塩谷哲夫元会長  朝鮮で農業技術の調査・研究をしていた高橋昇(1892-1946)と、彼が提唱した水稲畦立栽培法を紹介します。
 高橋のこと、その研究成果は、日本では、今日、ほとんど(おそらく“まったく”)知られていないこと思います。私はたまたま、高橋の業績の遺稿の存在を知って、その価値を評価してそれらの編纂に当たった柳澤みどり氏(北九州在住、日本考古学協会会員)から、学問上の縁者注1)として、限定100冊のうちの1冊を恵贈していただいき(2006年)、高橋の仕事を知ることになりました。
 それは、高橋昇著,柳澤みどり・高橋甲四郎編,『稲作の歴史的発展過程-稲の栽培技術の歴史的発展過程』(2006年3月31日発行 非売品)です。

 日本の植民地支配下の朝鮮で、高橋は農事試験場の農業技師として26年間勤務していました。高橋は稲、大麦、栗、大豆、朝鮮人参の遺伝要因研究と並行して、朝鮮半島全域にわたる主要作物野品種名の整理、それらの作付け方式、営農実態、在来犂・改良犂・犂先鋳物工場などを調査しました。その結果は朝鮮半島の農業の発展過程を研究する上で大事な基礎資料となるものです。

 その中で、私が注目しているのは、朝鮮の水稲栽培技術の研究を通じて行き着いた技術として彼が提唱した「水稲の畦立栽培法」です(1942年)。
 彼は各地の農地利用や栽培技術を調査しながら、東アジアの稲作の起源と耕作技術の発展過程について、あれこれ思いをめぐらしています。

 稲作は畑の陸稲作から水田の水稲作へと発展したが、その発展過程には中間形態の栽培法があったはずである。また、地域的には、北方畑作と南方水田作の重なるところでの稲の栽培法はどのようなものであったか。陸稲は水稲が発達したものなのか。畑作の穴播・条播が水田作の株播・並木植になったのではないか。灌水はどうしても全面灌漑にならなければならなかったのか。耕耘方法は無耕、棒、鋤、犂へと発展してきたが、それぞれの段階で栽培法との関わりはどのようなものであったのか…等々。

 それらの思考の上で、彼が行き着いた水稲の合理的な栽培法は “畦立(直播)栽培”でありました。彼の言い分は、かいつまんで紹介すると、以下のようなことになります。

 畦立によって土壌の水稲生育を支える機能がより良く発揮される。すなわち、深耕、乾土効果、深層施肥、溝上げ培土効果、水稲生理・生態とも合理的な関係を構成、等である。
 また、直播は移植よりも播種期が広く、軽労である。混作・輪作に合理的に結びつけることが出来る。本来畑作起源である犂の深耕・土壌反転・草の鋤きこみ等の機能を効果的に活用できる。
 全面灌漑をする必要はない。水稲の要水量は合理的な畦間灌漑によって供給できる。水稲と陸稲の栽培上の差はない。
 高橋曰く-「水分浪費、労力浪費の幼稚なる栽培法はあらためられねばならぬ。」

 私は、山崎農研賞の受賞者、現代の老農・高松求さんと一緒に、高橋の“畦立”とは逆に、田面に高密度で深溝を切って、畦立と同様の効果が得られないかと期待して試行しています。
 あまりにも長く続いて停滞している(?)日本の慣行水田稲作技術を超越しようという思い切った挑戦があって“然るべし”ではないでしょうか。

 ところで、高橋の提唱した〔水稲畦立栽培法〕によって作り出される酸化的土壌条件、水稲の成育環境への高い適応性の活用などは、今、アジア各地で取り組まれている“SRI”(System of Rice Intensification)の基本技術である粗い単株植え、間断灌水(あるいは無湛水)によって期待されているものとかなり共通しているところがあります。

 J-SRI研究会(代表:山路永司,東京大学 大学院新領域創成科学研究科)編の『稲作革命SRI 飢餓・貧困・水不足から世界を救う』(日本経済新聞出版社,2011)を読んで、そう感じました。同書所収の鳥山和伸((独)国際農林水産業研究センター)の多収原理解明へのアプローチ(仮説)は水稲畦立栽培法とSRIの求めている技術の共通性を探り、慣行稲作技術革新の方向を示唆する論考として興味深く読みました。

 今回は、朝鮮の地で研究に励んだ高橋昇の提唱を引いて、水稲栽培技術について“温故知新”してみました。

注1) <畑→水田→田畑転換可能な汎用耕地>という農地利用の発展についての拙稿が編纂に当たって参考になったとのことであった。

 

No.52 ベトナムSRIのコノウィーダー(田打ち車)

元会長  塩谷 哲夫

塩谷哲夫元会長 SRIを知っていますか? “System of Rice Intensification” のことです(「稲強化栽培法」とか「集約的稲作技術」とでもいうことになるのかな)。
 マダガスカルでイエズス会のロラニエ神父が開発し(1983年)、コーネル大学のアポフ博士が世界に紹介して、2010年末現在、アジア、アフリカ、オセアニアの42カ国・地域から実証試験の報告があり、各地のSRI稲作の収量はその地の慣行稲作を上回る成績を上げ、普及が進んでいるとのことです。
 基本は、「若い苗(乳苗)を、根をいためないように、広い間隔(11株/m2前後)で1本植えし(直播も可)、水田は湛水せずに湿潤に保ち、有機物を増やすように管理すること」ですが、各地の技術内容はかなり多様なようです注1)。現在の日本の慣行稲作技術とはかなり異なっていますが、有機栽培の目指している方向とは近いところがあります。

 ところで、先日、東京農工大学 大学院農学府国際環境農学専攻の及川助教の案内で、ベトナム・フエ大学農学部のフォン先生がつくばにやって来て、私が中央農研センターの試験フィールドなどを案内しました。彼は「SRI」の研究・普及をやっていて、尺角植えの栽培で、除草剤を使わないで(一般には使われている)、機械的な除草法で何とか雑草を抑えたいと考えており、現在の一番の関心事は、コノウイーダー(cono weeder. 日本の手押し除草機「田打ち車」のようなもの)を開発したいということでした。しかし、今のところはうまくいっていないようでした。

 農研機構つくばリサーチ・ギャラリー」の稲作技術の歴史の展示の中に、古い農具「田打ち車」の現物があるので案内したところ、彼は感激して、しっかり観察し、写真を撮りまくっていました。私は手持ちの日本農具の歴史書から、各種の手作業農具の写真・解説をプリントしてプレゼントしました。
 田打ち車自体が現在も日本の「有機稲作」では使われているのですが、念のため調べ直したところ、持続性が高い農業生産方式としての除草剤使用低減技術として、田打ち車の原理を応用したアルミ製の軽量な除草機などが多数販売されていて認識を新たにしました。

 日本の稲作は、育成品種、稚苗移植、化学的肥料・除草剤・病虫防除剤使用の栽培技術と経営条件に対応した水田整備から栽培・収穫・調製までの一貫した機械化作業体系が“確立”されていて、それが「慣行法」となっています。それはすばらしいことではありますが、その枠を超える技術が生まれにくいほどにすっかり安定してしまっています。

 SRIは、この現状を変えるための一石を投じてくれるでしょうか? 私は、「無湛水」の畑作的な稲作に、「慣行」を変える可能性があるかもしれないと考えています。
 私の相棒のお百姓:高松求さん(茨城県牛久市女化)は、畑で水稲栽培に挑戦して、水田に負けない単収を上げたことがあります。また、大潟村の乾田直播の先駆者:矢久保英吾さんは、「田んぼをイネだけでなく、何でも作れる汎用圃場にして、不耕起直播でイネを作れるようにしたい」と言っていました。

 ところで、農業技術の国際協力に当たって、日本の稲作技術を農機・施設まで含めて、それらを使用・管理できる社会的条件のないところにまで、そっくりそのまま移植しようとする傾向があります。しかし、今回のベトナムの先生との交流等にも示されたように、先方の歴史的・社会的環境に配慮して、相手に寄り添う姿勢での共同技術開発を考えた協力が必要だと思います。TPPのような相手の社会的な条件を無視した強国の専横的グローバリゼーションではなく。
 最近は、国際協力に当たって、かつてのように、AT(Appropriate Technology, 適正技術、中間技術)注2)が考えられていないように思います。
 対象が何も「発展途上国」に限ることではなく、日本国内であれ、どこででも、また、稲作に限らずどんな作目であれ(そして、農業に限らず)、AT思考が大事ではないでしょうか。

注1) SRI(System of Rice Intensification)
 詳しくは、山路永司さん(東京大学 大学院新領域創成科学研究科)が代表をしているJ-SRI研究会編『稲作革命SRI- 飢餓・貧困・水不足から世界を救う』(日本経済新聞出版社、2011)参照。
注2) AT(Appropriate Technology)
 ドイツ生まれの経済理論家で実践者E. F. シューマッハー(E. F. Schumacher 1911-1977)が、ビルマやインドでの活動経験を踏まえて1960年代初期に提唱した「中間技術」の概念を出発点として発展した技術体系の概念。近代の社会経済、科学技術体系の持つさまざまな欠陥がなぜもたらされたかを考察し、発展途上国等において生産を発展させて地域の自立を達成するためには、その地域の特性(人々の暮らし方、気候・文化・資源・市場など)に応じた「人間の顔を持った技術」として、もう一つの技術、中間技術の体系が必要だと考えた。この考え方に共鳴した国際機関(世界銀行FAOなど)、NGOなどによって、さまざまな具体的な取り組みがなされてきた(シューマッハーの著書『スモール イズ ビューティフル』、『『スモール イズ ビューティフル再論』(講談社学術文庫)、『宴のあとの経済学』〈ちくま学芸文庫。原題は“Good Work”〉など参照)。
 わが国の適正技術による発展途上国農業支援実践者に中田正一(1906-1991)がいる。「風の学校」創設者中田は、「技術協力は相手国の事情に見合った技術でないと決してその地域に定着しない」として「第1年目はまず鍬、鎌の改良、野鍛冶の訓練、第2年目には唐箕の導入、第3年目には田植えの型付器、犂の改良…」を行い(バングラデシュ)、また、アフリカ、フィリピン、アフガニスタンなどで風車・水車の開発、井戸掘りなどに取り組み、日本のNGOのさきがけとなった(中田の著書『国際協力の新しい風-パワフルじいさん奮戦記』(岩波新書)など参照)。

 

No.51 持続することの難しさについて

会 長  坂井 直樹

坂井直樹会長 最近のはやり言葉の一つに持続性(Sustainability)がありますが、これに関連して、持続可能な開発(Sustainable Development)、あるいは持続的農業(Sustainable Agriculture)などの言葉も使われます。国連では、貧困や病気、環境、エネルギー、資源、食料などの問題を解決しながら、公平で健康、継続する社会づくりを目指した重要事項に位置づけてきました。このような中で、教育を主眼としたESD(Education for Sustainable Development)と名づけられた活動が、わが国主導で動いています。筆者は、以前、「持続性と環境保全(Sustainability and Environmental Conservation)」という論説を書きました(農作業研究 34(2); 123-127, 1999)。そして、研究対象としての私の関心事もここにあります。

 持続的農業を含めて、持続性についての説明はいまさらの感がしますが、改めて見て、その本質はきわめて分かりにくい概念といえるのではないでしょうか。すべての人々の幸福を願うという総花的・抽象的意見は別にして、意図する内容やレベルを具体的に示せないままに、現実の生活や生存に関する諸格差は間違いなく拡大しているようです。もともとはラテン語由来の言葉(Sustinere)ですが、抽象的かつ多様な解釈が可能な概念といえます。農学・農業を指向するわれわれの関心が高い持続的農業を例にとっても、ややもすると堆肥や稲わらなどの有機物の活用、合成農薬・化学肥料の削減、輪作の導入、有機栽培など、ある意味で既往の技術論にすり替えてしまう感のあるアプローチに対して、正直、私も戸惑いをおぼえる一人です。

 例えば、農地についていえば、欧米では「Stewardship」という概念が適用されることがあります。これは、「土地は神から信託されたもので、将来世代に健全な形で引き継いでいくという前提のもとで、たまたま当事者に貸し与えている状態」とでも解釈される難解な概念です。これにしたがえば、土地は暫定的借用を許された公共物であり、農地といっても例外ではないことになります。したがって、農地を当事者の判断だけで荒廃させることは許されないことになります。持続的農業を進める最終目標地点として、農民や農村社会の利益だけを前提とした考え方には無理があり、いずれかの段階で社会全体のボトムアップを図らねばならないことになります。すなわち、個別技術の開発研究(これですら容易ではありませんが)だけでは、絵に描いた餅で終わることになると推察されます。少なくとも欧米ではこのように考えられているようです。

 以前に拙稿でも書いたことですが、持続的農業に関するさまざまな文献を読み、筆者なりにそれらに共通する概念を整理した結果をまとめました。再記すると、

  1. 持続性とはきわめて人間中心の概念、すなわちegoisticであること。
  2. 生態的な考慮が必要であること。
  3. 長期的視点に立たなくてはならないこと。
  4. 資源の経済的価値を基礎とした実用的視点が必要であること。
  5. 将来のことであり、確率論的な要素を排除できないこと。

 一方、筆者がヒアリング協力者の一人としてかかわらせていただいた、わが国最初の持続性に関する本格的な報告書である「サステナビリテイの科学的基礎に関する調査」の中で始めに定義されているのは、われわれが将来といった場合、責任をもてるのは最大50年間のことであり、50年先のことについては責任をもてないという記述です。将来に向けて、無責任な夢を描くことを自戒しているようです。持続性とは、現実には諸点で有限な概念といえるのかもしれません。

 これからは、本学会においても、持続的農業についての研究が一気に進んでいくものと推察されますが、この場合、単なる個別技術の開発研究で終わることなく、システム化された形の総合研究も同時に進行して欲しいと願うものです。そのことが本学会がもつ最大の特徴と思うからです。

)この報告書の内容は、こちらで公開されています。

 

No.50 淡路島での平成21年度秋季大会に参加して

会 長  坂井 直樹

坂井直樹会長 11月19日(木)~20日(金)の2日間、日本農作業学会平成21年度秋季大会南あわじ市(旧三原郡)を中心に開催されました。集合場所の新神戸駅には、全国から会員が集いました。用意されたバスに乗って神戸淡路鳴門高速道の明石海峡大橋を渡ると、そこはもう絶景の淡路島でした。同島の生産品としては野菜(レタスやキャベツ、ハクサイ、タマネギなど)が有名ですが、このほかにコメや果樹、花卉など農業の盛んなところです。最初に、南あわじ市八木地区にある兵庫県南淡路農業改良普及センター淡路農業技術センターを訪問しました。ここでは、普及センターの真野所長と北村普及主査、技術センターの上谷農業部長から、管内農業の概況や技術的課題などをうかがいました。農民車の話題も出され、会場は興味津々でした。 ついで、榎列播多地区の土地改良事業を見学しました。ここでは、土地改良区の秦理事長をはじめ、関係する農家の方々も駆けつけてくださり、地域開発事業についてのお話をうかがいました。近代化された圃場には来訪する見学者も少なくないようで、圃場や水管理の様子だけでなく、コンクリート畦畔や段差付き農道にも質問が出されました。辺りが暗くなって来たころ、バスはホテルへ向かいました。荷物を部屋に置いて、ただちに1時間ほどの意見交換会が同ホテル会議室で開かれました。これには、JAあわじ島の仲尾営農部長と盛野販売部長も同席してくださいました。その後、懇親会が開かれ、地元食材を堪能してからこの日の予定は終了しました。

  翌日は、朝8:30にホテルを出発して、阿万塩谷地区の野菜圃場を見学しました。ここでは、県農業経営士の岡本氏と農家の方(実は庄司先生のお父君)が説明をしてくださいました。ここは、江戸時代以来の干拓地で、われわれの立っているところがかつて海中であったという説明に驚くとともに、圃場整備に向けたこれまでのご苦労と誇りが感じられました。付録として、ピカピカの農民車を拝見しました。続いて、松帆地区にあるJAあわじ島の予冷施設およびタマネギ選果施設(ともに塩浜)、さらにバスで移動して、野菜育苗センター(高屋)を見学しました。これらの施設見学をもって予定は終了し、新神戸駅で解散しました。詳細については、後日、大会事務局から報告がなされるものと存じますが、堀尾尚志先生(副会長)と庄司浩一先生には、きめ細かな設営のもとで勉強の機会を与えていただきました。画竜点睛を欠くといえるのかもしれませんが、本来ならば世話人として設営に携わっていただけたはずの古東英男氏が本年9月に急逝したことは、大会事務局を慌てさせたようです。ご遺族からは、この日のために刷り上ったばかりの同氏の著書(日本農業の再生、2009年11月20日発行、農林統計協会)を参加者全員に賜りました。本学会員でもあり、淡路島農業の表裏を熟知していた同氏が欠けたことは大変残念なことでした。ご冥福をお祈りします。従来とはやや異色のスタイルでありながら、充実した本大会の設営から実行までにご尽力くださった大会事務局に対して改めて感謝申し上げます。

 

No.49 日本農学会創立80周年記念式典に出席して

会 長  坂井 直樹

坂井直樹会長 平成21年10月9日(金)の午後、日本農学会創立80周年記念式典・祝賀会が東京大学弥生講堂を会場として開催されました。日本農作業学会からは、堀尾尚志副会長と私が出席いたしました。農学関係の各学協会を会員として、日本農学会には、現在、53の学協会が加盟しております。日本農作業学会については、昭和62年1月の日本農学会理事会において同会への加盟が認められております。

  記念式典では、鈴木昭憲日本農学会々長の挨拶、文部科学省農林水産省全国農学系学部長会議からの祝辞のあと、金澤一郎日本学術会議会長の特別講演が行われました。金澤会長(医学)からは、農学系分野へエールが送られる一方で、先の日本学術会議の改組にともない、農学系分野の学術会議会員が減少してしまった状況が述べられました。ちなみに、大幅に会員が増えたのは理工系分野とのことでした。続いて、山﨑耕宇80周年記念事業実行委員会委員長から事業概要が説明されました。

  パネルディスカッション特別講演では、祖田修福井県立大学々長・三輪蓉太郎農林水産技術会議会長・見城美枝子青森大学教授がそれぞれ話されました。祖田講師からはアグリミニマムや農学の総合化について、三輪講師からは先進研究や農業研究投資について、見城講師からは農学は経済財に対する生命財として重要であり、食の自給なくして国の自立なしということについて、それぞれ話題が提供されました。これらをもとにしたパネルディスカッションでは、3人の講師に、鈴木会長・山﨑委員長・日比忠明副会長も加わりました。残念ですが、時間の都合もあって十分な討議にはほど遠く、またフロアからの発言もなされない状況でした。今後果たすべき農学の役割については各人の認識が大まかには一致しておりましたが、各論では違いがみられました。例えば、GMOを巡る認識では、立場や意見の違いが明確でした。このこと自体が、農学系分野の裾野の広さに基づく多様な意見があるという象徴なのかもしれません。一方、聴いていた私の頭の中では、ある意味で研究対象や内容がこれまで地味であったといってもよいのかもしれませんが、日本農作業学会の役割がようやく表舞台で期待されるようになってきたのかなと、やや我田引水的に考えておりました。なぜならば、機械作業や労働という人間が関与しない農業はありえないからです。そして、システム化、換言すれば総合化が今後とくに重要になるという共通認識が提案されたからです。

   最後に、本記念事業の目玉である「日本農学80年史」という刊行物がようやくでき上がり、記念式典当日の受付に並びました。各論としての加盟学協会の沿革や活動などに関して、日本農作業学会の部分は私が執筆を命ぜられたものです。機会をみつけてご高覧を賜れば幸いです。

 

No.48 地球温暖化の原因は本当に二酸化炭素なのだろうか?

会 長  坂井 直樹

坂井直樹会長 1997年12月に京都国際会議場で開催された「気候変動枠組み条約第3回締約国会議(略称:温暖化防止京都会議COP3)」は、当時、わが国主導で画期的な成果をもたらしたと関係者は自画自賛したものでした。COP3で採択された京都議定書で、わが国は6%削減(対1990年の排出レベル)という目標設定が決められ、また排出権取引の新たな仕組みCDM(クリーン開発メカニズム)も提案されました。しかし、2009年の現在に至るまで、国家間の利害に基づく思惑が優先され、先進国側と発展途上国側の溝も一向に埋まったようにはみられません。大気中の二酸化炭素濃度は増え続けています。2009年6月には、麻生首相自らが指示して大盤振る舞いの1%を上乗せさせた「15%削減案(対2005年の排出レベルで2020年までに達成)」に対して、国際社会からはブーイングが出されました。一方、地球温暖化への体系的・科学的な取り組みは相変わらず不十分で、学問的裏づけの乏しい安易な用語"エコ"が流行り言葉のように一人歩きしている感がします。ごく最近では、民間資金で途上国支援を行うという「国際炭素市場」の計画が米国主導で提案され、2013年以降のポスト京都議定書の目玉として画策されつつある中で、わが国はここでも蚊帳の外に置かれているようです(朝日新聞 2009/09/04版)。

  さて、このような状況の中で、筆者に"おや"と思わせる記事を最近の雑誌(いずれも「現代化学(東京化学同人社発行)」に見つけました。二酸化炭素が焦点になっているのは偶然でしょうか。その一つは、西村肇氏の「ほんとうはどうかCO2による温暖化(2008年2月号)」という小稿で、同氏は、1)二酸化炭素濃度が現在の2倍になったときの気温の上昇は1.5℃、2)温室効果ガスとしての寄与は水蒸気70%、二酸化炭素30%、3)気温上昇のうち、二酸化炭素で説明できるのは50%程度、残りの原因は不明と述べています。また、久保田宏氏の「温室効果ガスの中期削減目標値を科学技術者の目から問う(2009年3月号)」という小稿があります。同氏は、この中でCO2原因説に疑問を抱き、地球温暖化の目標を不確かな「温暖化防止のためのCO2削減」から「循環社会のための化石燃料消費の削減」に置き換えるべきと提案しています。さらには、赤祖父俊一氏の「自然環境の解明なしに気候予測は不可能-温暖化が止まる理由(2009年5月号)」という論文があります。同氏は、この中でIPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change)の報告の問題点を述べる中で、1975年からの気温上昇を二酸化炭素の温室効果によるとするのは"仮定"でしかない。GCM(Global Climate Model)の結果がその仮定を証明したというが、この大型モデルには少なくとも3つの問題点があると述べています。

   詳細は省きますが、二酸化炭素原因説は国連傘下のIPCCのメンバー数名が試行したシミュレーション結果によるものであって、論文として査読を経ていないものであり、しかも批判に対して、わが国専門家も含めて、科学としてきちんと答えていないということです(西村肇前出)。興味ある方はぜひこれらの原文をお読みいただきたいのですが。これまで、われわれが"常識"と思ってきたことに本質的な疑問が出されています。いずれにしても現象の解明や結果、対策が政治的思惑などによってねじ曲げられてはなりません。環境問題はなかなか既往のデカルト的解析手法になじまないこともあって、原因(処理)と結果が室内実験のように制御し易すくないことも問題へのアプローチを複雑にしているようです。われわれ農作業研究の関係者もこの種の問題に"関係ないや"と傍観しているだけでは済まされないと感じますが、いかがでしょうか。

 

No.47 九州での平成21年度春季大会に出席して

会 長  坂井 直樹

坂井直樹会長 平成21年4月2日~4日の間、日本農作業学会平成21年度春季大会が伊都文化会館ほか(福岡県 前原市(現 糸島市))で開催されました。「九州は暖かいだろうな」という先入観をもって出発しましたが、着いてみると当地も全国の天気傾向の例外ではなく、建物内ではやや肌寒さを感じるほどでした。しかし、さすがに大会後半になると、玄界灘に近いこの地でも桜の花が一気に咲き出し、華やかな雰囲気の中での大会に変身しました。前原市は、福岡市中心部から30分程度で来られる距離に位置し、都市域にありながら九州でも有力な農業地帯であり、また周辺は歴史的にもきわめて古い地域とのことでした。

 昨年度の生研機構大会(埼玉県大宮市)に引き続き、今大会も年度が新しくなってからの開催となりました。一般講演が61件、テーマセッションが2件(入植1年後の諫早干拓地農業の現状と課題、スクミリンゴガイの問題と対策)、評議員会、総会、現地見学会(諫早干拓地や糸島農業ほか)などが実施されました。総会では、学会賞の表彰がなかったことが悔やまれました。テーマセッションでは、いかにも九州にふさわしいテーマ2つが選定され、貴重な講演と活発な議論がもたれました。テーマセッションでは、一般市民への無料開放が実施されました。夜の懇親会では、地元前原市長やJA組合長なども駆けつけてくださり、にぎやかな中で貴重な交流をすることができました。本学会に対する多大な期待が述べられました。この席では、兵庫県 南あわじ市で計画されている秋季大会のPRもなされました。

  講演については、3会場に分かれていたためすべてを聞くことはできませんでしたが、時代の先端を走っている派手な研究や地味で堅実な研究など、日ごろの成果をさまざまに拝聴することができました。併行して、江戸時代末期から明治時代に実施された筑前農法に関する「林遠里と勧農社」の貴重な展示説明があり、大勢の参加者が会場に足を運んでいました。 

 今大会には、現職の方はもちろんですが、何人もの先輩方が参加してくださったことをとてもうれしく感じました。中司敬委員長をはじめとする大会運営委員会には、本当にお世話になりました。九州大学大学院農学研究院や前原市、JA糸島、福岡県福岡地域農業改良普及センターなど地元の心強い支援をいただきながら、すばらしい大会となったことをご報告いたします。

 

No.46 2009年の年頭にあたって

会 長  坂井 直樹

坂井直樹会長 新年明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

  さて、これまで懸案でありました日本農作業学会の学会誌「農作業研究」のオンライン公開が昨年12月に実現しました。道のりは楽なものではありませんでしたが、常任幹事会編集委員会活動推進委員会などのメンバーを中心とする各位の並々ならぬご尽力のお陰でようやく実現できました。この場を借りて、お礼を申し上げます。常任幹事会などでは、3年間ほどの準備期間の中で、意義や効果、時代の趨勢、労力・経費負担を含めた諸点から可否を検討してまいりました。今回のJ-STAGE公開では、学会誌に掲載された最新の論文などが6ヶ月遅れで世界中のだれもが無料で閲覧できるオンライン公開の形態としました。春季大会総会の席で会員の皆様にお約束したことの一つがようやく実現した感じがします。

  この試みが、被引用数などを介して、ねらいの一つである学会誌のステータス向上に結びつくことができれば望外の喜びです。最新の論文だけでなく、過去の掲載論文なども逐次オンライン公開していく計画になっています。それに付随して、著作権の学会への帰属については毎号の学会誌上で皆様に周知しているところですが、この点に関してもどうぞ趣旨をご理解くださるようお願い申し上げます。運用を開始したばかりで今後さまざまな問題が生じる恐れがあります。お気づきの点がございましたら、本学会事務局までご連絡くだされば幸いです。

 ぜひ、アクセスしてみてください。日本語版;農作業研究(オンライン版)英語版;Online Journal Archives

 

No.45 空飛ぶ農業機械雑感

評議員(農林水産航空協会)  糸川 信弘

 本コラムの投稿にあたり最近の掲載記事を拝見して、いつもながらの坂井会長のご卓見に敬意を表する次第です。三十数年間、農作業分野に身を置いてきたが、退職後、新らたに社団法人農林水産航空協会においてヘリコプターの利活用を推進する業務に携わることになった。食料の安定供給を支える立場から産業用無人ヘリ防除技術の近況について、機械作業の視点から感想を交えて紹介したい。

 ヘリコプターの農業現場における主な用途はメインローターのダウンウオッシュと呼ばれる吹き降ろし風を利用した農薬の効率的な散布作業である。有人ヘリの農業利用については、昭和30年代のはじめから長い歴史があるが、散布実施面積は平成へ移行する時期の178万haをピークにその後急激に減少している。一方、平成3年から導入された無人ヘリは、当初有人ヘリの補助的手段と考えられたが年々増加し、本年度は90万haを超えて規模拡大に対応可能なわが国独自の高能率作業機として定着しつつある。試験研究におけるラジコンヘリ利用の先駆けは、昭和50年前後の旧北海道農試・畑作部と記憶しているが、ホビーを発端としたユニークな農業機械といえる。その後、施肥・播種やリモートセンシング機能を活かした精密農業への適用も検討される等、隔世の感がある。

 無人ヘリ利用増加の背景には、操作性に関わる技術進歩や環境意識の高まりがある。農薬については、最近の食の安全に絡む諸問題を反映して消費者の関心が非常に高く、ポジティブリスト制度の導入にともない関係業界においても使用量削減やドリフト低減技術の研究開発が精力的に行われている。高濃度の農薬を少量散布する無人ヘリ防除では、均一散布や圃場外への飛散防止が克服しなければならない課題となっており、当協会においても実態調査を踏まえながら具体的な改善対策を模索している。製造メーカでは気流のコンピュータ解析をベースとしたノズル取り付け位置の最適化やダウンウオッシュの内側に薬剤を散布するセンターノズル、速度に連動した散布量可変機構等を開発し、飛散低減型の新機種を今年度から市場に投入している。

 無人ヘリは、3~4mの高さから、有効作業幅7.5m、飛行速度10~20km/hで作業を行うため、団地化圃場では作業量が5ha/h前後と高能率である。しかし、実作業の時間分析に基づく圃場作業効率は30~50%に止まり、圃場の立地条件による能率の差が大きい。空中散布機として優れた特徴を十分に発揮させ、更なる環境負荷や生産コストの低減に結びつけるためには、効率的・効果的防除が期待できる地域単位の取り組みが求められている。また、無人ヘリ利用組織を円滑に運用するためには、精密農業と同様にIT機器を活用した各種情報の収集・共有、それらに基づく迅速な意志決定の仕組みづくり必要であろう。

 他方、担い手不足や経営規模の拡大等にともない、究極の軽労化技術として圃場作業のロボット化を目指したプロジェクト研究が農研機構で開始されている。無人ヘリでも安全運航に資する操縦サポート機能や自律飛行技術がメーカで既に開発されており、空飛ぶ農作業ロボットとしての素地が整いつつある。しかし、これらのロボットが社会的に認知され、その機能が十分発揮されるためには"使い勝手"に関わる生産現場での数多くの検証が欠かせない。農作業研究に携わる研究者が減少するなかで、IT化、ロボット化で高度に発達した労働手段とどのようなスタンスで向かい合うかは、農作業研究の大きなテーマの一つと考える。

 それから無人ヘリで忘れてはならないのは「作業安全」である。高密度社会で住宅地等が近接している現状では、遠隔操縦する機体が想定外の人身事故を誘発する危険性がゼロとは言えない。オペレーターや合図マンに細心の注意が求められる訳であるが、精神的にも負担も大きい業務と推察される。また、限られた適期間内での防除は休憩無しの長時間作業を強いられる可能性もあり、利用技術指導指針の遵守とともに労働科学的分析等に基づく作業者の負担軽減対策も検討の余地がある。

  近年、実施主体、関係機関等で構成される無人ヘリ「推進協議会」が各地域で設立され、生産性の向上等に向けた取り組みが本格化しつつある。高性能機械を安全かつ効率的に運用するためには、現場での関係者の連携による地道な問題解決、および学会等に蓄積された先達の研究成果、経験に学びながら使いこなす人間の知恵が求められる。今後とも研究者の積極的な論文投稿をお願いすると同時に、早期の学会誌の電子ジャーナル公開による学会活性化あるいは社会貢献を大いに期待するものです。

 

No.44 難しい時代、われわれはどのように行動すべきか

会 長  坂井 直樹

坂井直樹会長 いま、私は最近の新聞の社説を脇に置いてこの原稿を書いています。この社説(毎日新聞:平成20年6月24日版)は、「原油高対策 大量消費からの脱却が基本だ」と題されたもので、地球温暖化防止を唱えながら、石油の大量消費をやめないというのは矛盾しており、原油価格の高騰が消費量の拡大に追従するように生産量を拡大してきたこれまでの路線に限界がきたことを示すシグナルである、とまとめています。

  前回の連載コラムNo. 43でも触れたことですが、輸入食品に対する食品偽装問題、食料と燃料の競合、食料・肥料原料の輸出制限と高騰、自給率の向上を含めた安全・確実な食料確保への要請などが顕在化しており、農業とそれを支える農学の役割がこれまで以上に必要とされる時代になってきたように私は感じています。

  食料と燃料との競合問題は、すでに30年ほども前に予見されていたこと、またきわめて政治色の強い特定国の国内問題から派生していることが指摘されています(西村肇:科学としての研究、職業としての研究-バイオエタノールのリスク論争を例として-、現代化学2007年10月号、 13-19.)。われわれ研究者が、気候変動を含めて自然の気まぐれな挙動に自らの将来を委ねて諦めてしまうこと、あるいはこの種の複雑な問題は政治や経済上の問題だとかわしてしまうことも可能かもしれません。技術が真に関係する解決場面はそれほどに少ないのでしょうか? 恐らく、われわれの活動として、政治や社会が研究サイドに求めるものに答えていくだけでは十分ではなく、独創的な技術に裏づけされた先進研究が政治や社会を導き、新たな文化を構築していくというケースが十分に想定されます。いまを悲観的に捉えるのか、むしろチャンスととらえるのか、学会という組織にとっても研究者という個人にとっても、正直、正念場であると思います。前稿でも触れたように、われわれの活躍する場面は、今後とも少なくないと私は考えます。なぜなら、機械作業や労働という人間が関与しない農業はありえないからです。会員の皆様のいろいろなレベルでの生き残りをかけた優れた研究成果が待たれるところです。

 

No.43 平成20年度春季大会に出席して感じたこと

会 長  坂井 直樹

坂井直樹会長 5月16日・17日の両日、平成20年度日本農作業学会春季大会生物系特定産業技術研究支援センター (さいたま本部)で開催されました。諸般の事情で、例年の春季大会に比べて5月中旬というやや遅い時期の開催となりました。今大会は、一般講演課題数が58件、テーマセッションが2つ(有機農業とGAP:4件、タイにおけるエネルギ、資源生産の動向:5件)と、いずれもが盛況でした。

  総会における会長挨拶でも触れさせていただいたことですが、最近、輸入食品に対する不安や食品偽装問題、食料と燃料の競合、石油価格の高騰、食料・肥料原料の輸出制限と高騰などが深刻化してきており、発展途上国はもちろんのこと、先進国であるわが国においても自給率の向上を含めた安全・確実な食料確保への不安が顕在化しています。これら一連の動きには、政治や経済、社会構造、自然現象、技術レベルなどが関係し、一過性の対策のみをもって複雑な問題を解決していくことはできません。ある意味ではうれしい傾向なのかも知れませんが、一次産業としての農業の役割、それを支える農学の当然視される役割が、これまで以上に必要とされる時代になってきたのかなという思いがします。本学会の果たすべき役割は少なくありません。なぜならば、機械作業や労働という人間が関与しない農業はありえないからです。

  このような中で、私は2つのことを今大会で感じました。1つ目は、残念ながら学会賞表彰がなかったことです。本学会には2種類の学会賞が用意されています。会員であれば、だれもが応募することできます。選考委員会がいつも開店休業にあることは学会の不活性化につながり、望ましいことではありません。会員のみなさんには、ほんの少しの勇気と努力をもって、身近にいると思われる候補者を発掘していただけませんでしょうか。応募の締め切りは平成20年7月7日(月)です。たくさんの応募をお待ちしています。このためには、講演した内容をまず学会誌に投稿していただくという手順が必要あることはいうまでもありません。この点についてもよろしくお願い申し上げます。

  2つ目は、既述したように今大会でもたくさんの講演がなされ、それぞれ活発な討論があったことは喜ばしいことでした。例外なく、発表スタイルも洗練されてきているなという印象をもちました。一方、フロアーから出される質問や意見の中には、一部で必ずしも建設的でないものも見受けられました。権威や知識をひらけかすのははやりません。われわれが明らかにしようとする真理、あるいは構築しようとする技術の前にはだれもが対等であるべきと考えるからです。学会は、明確な理念と使命感をもって、学術や技術で社会に貢献していくという崇高な役割をもっています。そのために、創造的な仕事を社会から付託され、活動の自由度も有しています。万一にも、新しい芽をつぶしてしまうことがあったら大変なことです。時には厳しく、時にはやさしく後進を育てていって欲しいと願うばかりです。

  最後になりましたが、後藤隆志委員長をはじめとする大会運営委員会委員の方々、竹原敏郎農研機構理事(機械化促進担当)には大変お世話になりました。心温まるおもてなしに参加者は喜んでそれぞれの帰路についたことと拝察します。改めて関係各位にお礼を申し上げます。

 

No.42 持続可能な農作業システム確立のためのカバークロップ利用

関東支部ワークショップ開催報告

茨城大学農学部  小松崎将一

 農業生産の持続性に関する関心が高まるについて、カバークロップの利用により、土壌保全や効率的な窒素サイクルの構築などの環境保全効果が注目されている。欧米ではカバークロップを基幹とした農作業システムそのものが地域および地球環境の持続性向上に大きく貢献する可能性があるとして、様々な側面から研究が展開されている。去る平成19年12月13日・14日にわたり、茨城大学農学部にて標記ワークショップが開催された。ここでは、日本における様々な分野における研究の現状や地域農家での取組みについてご報告いただき、持続性の高い農作業システム確立に向けたカバークロップ利用について研究交流を進めることを目的とした。ワークショップには、関東地域を中心として、北海道から愛媛まで 80名が参加し、松田智明 茨城大学農学部長の挨拶のあと、活発な議論が行われた。ここでは、その概要を報告する。

 

緑肥作物(カバークロップ)を上手に使おう-その効用と利用の実際
     東京農工大学名誉教授 塩谷 哲夫 氏

 有機物による土作りは畑作の基本であるとして、堆肥の利用が推奨されてきた。しかし、農業労働力の減少や高齢化などにより有機物の投入は減少し、「作物は肥料で作る」ようになってきた。このような土作りに対する関心の低下により、畑作生産ではさまざまなマイナス減少が生じている。この中で、緑肥(カバークロップ)の利用は、換金作物が栽培されていない期間を利用して、容易に有機物の補給を行うなど、多くの効用、付加価値を"可能性"をもっている。カバークロップの利用は土壌の肥沃度を高め、技術として確立することで資源の投入を減らし、持続性を確保する"キーテクノロジー"になるカバークロップの利用と水稲の生育についてサンプルを手に説明する高松求氏と塩谷哲夫氏。しかし、その可能性をうまく引き出してカバークロップを働かせるためには、それを利用する側の人間が"頭をよく働かせる"必要がある。緑肥作物のすぐれた特性を引き出す"作業" をどうしたらできるのかという"実践"にかかっている。

 

健全で"もうかる"畑作は緑肥づくりが決め手です!
     農業経営者 高松 求 氏

 私の農業経営に対して、目で見えないものは信用しない、金・労力のかかることはやらない、儲からないことはやらない、そして、おいしいもの売れるものを作らなければ経営できないと考えている。牛久市にてカバークロップを利用した農業経営を実践していく中で、健全な土作りが自然に簡単にできてしまうことだ。とくに、夏作のソルゴーを利用したダイコン栽培では、土壌消毒の作業を削減し農薬の散布回数も少なく、品質の高いものが生産できる。新規就農して3年目の安部真吾氏からは、「特別な技術ではなく、土ができていると自然によい野菜ができる」との発言があった。農業経営の視点から土作りを考えると、「獲るために播く」のではなく、「獲れるようにして播く」のが大切である。「獲れるように」するためには土の健康をどう維持するのか?という視点が重要である。ロータリ耕は藁などの有機物を邪魔者にしてしまう。そのため、カバークロップの効果をうまく発揮するためにはプラウ耕による有機物の鋤き込みによることが肝要である。土に対する思いやりの技法の最善をつくすこと、日々研究すること、カバークロップを上手に使うことは持続的な農業経営と同義である。

 

カバークロップを利用した野菜栽培
     北海道大学 荒木 肇 氏

 果野類の多くは施設で栽培されており、長期間生産を続けていることと、野菜は未熟状態、すなわち植物の生育途中で収穫することから、常に植物体を旺盛な発育状態にしておく必要から、顕著な多量施肥の傾向がある。マメ科カバークロップは後作作物に対して窒素供給の役割が認められている。カバークロップを導入した場合の正確な肥培管理技術の確立には、カバークロップ由来窒素の寄与する時期や期間等を把握する必要がある。また、北海道のような積雪地域では主要なマメ科カバークロップが越冬できない問題がある(現実にカタログ等ではヘアリーベッチは、春播きまたは夏播きと紹介されている)。融雪後に畑(畝)を乾かしてから播種したのでは、トマト定植までに形カバークロップを利用し栽培・収穫した野菜や農産物を前に栽培の特徴を説明する安倍真吾氏成されるバイオマスが少ないことも問題である。ここでは、ヘアリーベッチを施設栽培に導入したトマト栽培、ヘアリーベッチに安定同位体15Nを吸収させそのトマトへの移行量、および積雪地域における苗マット移植によりウインターカバークロップの植生形成について報告した。

 

リビングマルチを利用した作物栽培
     中央農業総合研究センター 三浦 重典 氏

 リビングマルチとは、リビング (Living = 生きている) マルチ (Mulch = 覆うこと) を意味する。「主作物の播種前後に植えられ、主作物の栽培期間中の全部または一部期間にも生存して、地表面を被覆している植物」のことリビングマルチという。リビングマルチを利用した作物栽培には、土壌侵食の防止、雑草のコントロール、ミミズなど有用土壌動物や天敵の増加、土壌への有機物の供給など多くのメリットがある。一方、リビングマルチ栽培では、作物とリビングマルチの2種類の植物が共存していることから、両者の間に光、水分及び養分に対する競合が起こる。このため、リビングマルチ栽培を成功させるためには、できるだけ競合を小さくするような栽培管理法を検討していく必要がある。リビングマルチ栽培は、除草剤等の農薬や化学肥料などの使用を削減できる可能性を有していることに加え、ビニールマルチなどで問題となっている廃棄物処理の必要もないため、環境にやさしい栽培法といえる。ここでは、シロクローバを利用したトウモロコシのリビングマルチ栽培について取り上げ、リビングマルチの持つ雑草・病害虫防除効果や養分供給効果及びそのメカニズム、問題点などについて詳述した。

 

カバークロップは害虫や雑草種子の密度を低減させるか?
     東北農業研究センター 山下 伸夫 氏

 畑地においては多様な捕食性天敵や寄生蜂などの寄生性天敵などがいるが、これらの多くは慣行農業の現場において農薬散布や生息地攪乱等によりその生息密度が制限されることもあり、農業生産上、充分な抑制効果を示していない。一方、近年、持続的な農業生産や食の安心・安全を求める声が高まる中、農薬等を削減した環境保全型農業技術の開発が急務となっている。そのため、これまでの栽培方法を害虫抑制等の観点から見直し、圃場の天敵相の増強・定着をはかることや、害虫の作物への侵入、加害行動を阻害することで、農薬等の利用を軽減しようとする研究に目が向けられつつある。リビングマルチは主作物と同時・同所的に生育し、地表を被陰するため慣行の栽培に比べ、1)ゴミムシなどの地表徘徊性天敵に安定した温度・湿度の生息環境を与え、2)害虫の作物への侵入、産卵・加害行動に対して物理的・化学的(におい攪乱)な障壁となることのほか、腐植・有機物の提供によりトビムシ等の小動物の確保にもつなが熱心に聞き入る参加者り、ひいては天敵を定着させる可能性がある。ここでは、1)カバークロップ栽培がゴミムシ等の天敵や害虫、土壌動物の個体数密度の変動に及ぼす効果 2)ゴミムシ類の害虫、雑草種子採食能 3)害虫や雑草の抑制に寄与しうるかを評価することを目的とした研究を紹介した。

 

カバークロップ利用と土壌線虫相
     農業環境技術研究所 荒城 雅昭 氏

 土壌には1㎡あたり100万頭の密度で多種多様な土壌線虫が生息している。土壌線虫の多くは微生物(細菌・糸状菌)食性で、線虫や他の小動物を捕食する種類も存在する。これらの線虫は、自活性土壌線虫と総称される。植物の根に針(口針)を刺して養分を摂取する植物寄生性線虫は、自活性線虫とはいえず区別される。植物寄生性線虫の一部(ネコブセンチュウ、シストセンチュウ、ネグサレセンチュウなど)は農業上の重要な害虫である。茨城大学農学部附属農場で実施しているヘアリーベッチとライムギなどの冬作カバークロップの効果を裸地と比較する試験では、裸地では自活性土壌線虫の個体数が明らかに少なく、冬作カバークロップの導入は線虫の個体数を増やしていた。自活性土壌線虫の種類数には明らかな差が見られなかった。カバークロップの中に、線虫の密度を下げる対抗植物としての性質が知られているものは少ない(調べられていない)。また、秋に寄主となり得る冬作カバークロップの根に侵入したサツマイモネコブセンチュウが、翌春まで生きて産卵に至ることがあるかどうかなども(確実に死ぬのであればトラップクロップとしての防除効果が得られる)調べられていない。カバークロップの中には、他感作用物質を出して他の植物の生育を抑えるものが知られている。そのうち、ヘアリーベッチおよびクレオメの他感作用物質は、それぞれシアナミドおよびメチルイソチオシアネートであるが、これらは殺線虫剤の成分である。このため、これらのカバークロップに、圃場での植物寄生性線虫防除効果を期待する向きもある。

 

カバークロップの利用と微生物
     茨城大学ICAS 佐藤 嘉則 氏

 カバークロップの利用は土壌の炭素・窒素収支を改善し、耕地内の残留窒素を回収・再利用すると同時に、作物収量を維持向上させるといった耕地土壌の最適なマネージメントとして注目されている。しかしながら、一方で温室効果ガスの収支という観点で考察した場合、カバークロップによる炭酸ガスの吸収によるプラス効果とカバークロップ残渣供給に伴う亜酸化窒素(N2O)発生の増加というマイナス効果が二律背反の関係にあることが指摘されている。これまでに得られた解析結果では、茨城大学内の畑地土壌を異なる耕起条件と異なるカバークロップの条件で管理して土壌糸状菌バイオマス量と現場土壌でのN2O発生を解析したところ、糸状菌密度とN2O発生量は正の相関関係を示した。供試耕地土壌においてN2O発生には糸状菌の寄与が大きいことが推察され、多くの種類の糸状菌がN2O生成に関与していることが明らかとなった。これらの糸状菌の管理がN2O発生を抑制する技術に向けた重要な手がかりとなることが示水田でのプラウ耕とカバークロップの組合わせ効果について見学唆される。また、N2Oを生成する糸状菌の1株において内生細菌が観察されたことから、内生細菌が糸状菌のN2O生成に関わっているかどうか、他のN2O生成糸状菌にも内生菌が存在するのかという疑問を明らかにすることが今後の課題である。

 

日本における緑肥・カバークロップ利用
     雪印種苗(株) 橋爪 健 氏

 アカクローバや水田裏作のレンゲ、ハウスのソルゴーのように土壌を肥沃化させることを目的で栽培される作物を緑肥作物といい、古くから農家の方たちに馴染まれている。堆厩肥と緑肥作物の違いは、堆厩肥は土の上で切り返され、積極的に腐熟・促進され、鋤き込まれるが、緑肥は鋤き込まれてから土壌の微生物により腐熟する事、栽培中に根の作用が期待できること、また緑肥を導入すると輪作体系につながること、土を休ませる事が出来ることである。緑肥作物とカバークロップの違いは、土に鋤き込まれるか、ほ場に放置されるかで、後者はカバークロップと呼ばれ、特に草丈が低かったり、匍匐するものが多く、雑草の抑制や土壌の被覆効果が大きい。この他に、園芸作物の農薬飛散防止にドリフトガードクロップとしてソルガムが使われている。また、アブラシの防除にバンカークロップとしてソルガムや麦を栽培し、そこでアブラムシの天敵を増殖させ、農薬の施用回数を減らす技術も開発されている。ここでは、線虫や病害を減らす機能的緑肥作物について、カバークロップとして利用が可能な作物を紹介した。

 

緑肥利用と耕うんシステム
     スガノ農機(株) 斎藤 保 氏

 私たちは農機具の開発・製造・販売を通じて、日本の農業の在り方を見つめ続けてきた。その代表的な例が、「土づくり」へのこだわりである。作物をつくるための基盤である土と、その土を耕す農機具の切っても切れない関係を農業経営に携わる全ての皆さんに再認識して頂き、化学的な土壌改良に頼らず、健全な作物を育成、増収や安定収入の道を歩んでほしいという重要なテーマを持って、この事業に取り組んでいる。私たちが毎日口にしている新鮮な農作物。これは農作業の現場に携わる多くの方々の努力の賜物であることに違いない。しかし、作物は人間の力のみで育つ訳ではない。太陽の光と適度な雨、圃場を渡る風、そして土の中の生態環境が整ってはじめて良質の作物が育つ。作物が健やかに育つには、通気・通水性に富む根圏、それに微生物の助けが必要である。私どもが提唱する有機物循環農法とは、近年の浅耕による根圏の縮小と土ポスター会場では、参加者同士の研究交流が活発になされたの過粉砕により破壊された土壌物性を回復させ、良好な土中環境の維持を可能にし、作物が本来持つ生命力を回復させることで、化学資材の絶対投入量を削減、環境に優しく、低コストで永続的な農業を可能にする農法である。ここでは、その具体的な事例について紹介した。

 

ポスター発表

  1. 水稲による種々の緑肥由来窒素の吸収特性と水稲生育. (愛媛大学農学部: 浅木直美・上野秀人)
  2. Levee vegetation management using Zoysia japonica, Imperata cylindrical and mowing. (National Agricultural Research Center for Western Region: Akihide Fushimi, Ichiro Otani, Masahiro Kamei, Rintaro Okuno, and Jun Kubota)
  3. ダイズのジャガイモヒゲナガアブラムシに対するムギ類リビングマルチのバンカープラントとしての利用. (宮城県古川農業試験場: 小野 亨・城所 隆)
  4. 地球温暖化防止貢献米への挑戦"まつぶし愛ラブ地球米". (松伏町環境経済課: 原田 幸希)
  5. 氷を利用した局所耕うん法におけるシャフト底部の硬化方法. (東京農業大学: 田島淳・中山夏希・加藤雅義)
  6. カバークロップの雑草化に関与する生態的特性の解明. (中谷敬子・澁谷知子・三浦重典(中央農研)・橋爪 健(雪印種苗)・古林章弘・藤井義晴(農環研))
  7. サブタレニアン・クローバを利用した有機栽培トマトの生産性. (茨城大学農学部: 白幡尚子)
  8. 不耕起カバークロップ農法におけるミミズの導入が農業生態系サービスに及ぼす影響. (茨城大学農学部: 惟村奈未)
  9. Effects of Cover Crop and Tillage System on Carbon and Nitrogen Dynamics in Field Rice Production. (Tokyo University of Agriculture & Technology: Yinghui Mu, Ibaraki University: Masakazu Komatsuzaki)
  10. Contribution of Fungi Activity for N2O Emission in No-Tillage with Cover Crop Field. (Tokyo University of Agriculture & Technology: Zhaori1Getu, Ibaraki University: Masakazu Komatsuzaki, Tomoyasu Nishizawa, Yoshinori Sato, Hiroyuki Ohta)
  11. カバークロップ残渣窒素の土壌生態系での動態と後作物へのフロー. (小松崎将一・楠本理香・大木葉ちはる(茨城大学農学部)浅木直美・上野秀人(愛媛大学)荒城雅昭(農業環境技術研究所)荒木 肇(北海道大学))

 

見学会

中央農業総合研究センター

 まず、カバークロップ研究関東サブチームの研究圃場を見学した。同チームは、カバークロップの持つ雑草防除機能に着目し、ダイズやサツマイモなどの作物をできるだけ除草剤を使わずに栽培する方法について研究している。ここでは、サツマイモのマルチ畦間へ麦類を混作し雑草防除技術の開発を目指して、サツマイモ収穫後、作畦時期と麦類の播種時期などを変えて、雑草防除効果やサツマイモの品質・収量を調査している。慣行のサツマイモ栽培では、畦間の雑草防除に2回ほど除草剤散布を実施しているが、麦類の導入により雑草防除が可能であり、サツマイモの収量も良好であることが三浦重典氏より報告された。見学者からは、麦類のもつアレロパシー作用についてや、サツマイモ畦間にカバークロップを利用した雑草防除法について説明する三浦重典氏播種時期とカバークロップの種類について意見交換された。また、ほ場実験で栽培されている、パープルスイートロード(紫色をしたサツマイモ)の試食が行われた。ふかしイモと焼き芋が出され、寒さの中、温かくおいしいサツマイモを味わうことができた。   

 次に、バイオマス資源循環研究チームによるナタネ-ヒマワリ輪作と油糧生産循環利用技術の開発を実施している圃場を見学した。ここでは、油糧作物として重要なナタネ(冬作)とヒマワリ(夏作)を、水田転換畑で安定して省力的に生産し、搾油して高品質・高付加価値の食用油として利用し、その廃食油を、中央農研で開発したSTING法でバイオディーゼル燃料にして、地域内の農耕車や公用車に用いるなど、エネルギーの循環を目指している。ナタネを栽培している圃場をバスから見学したが、播種から生育管理、収穫作業など、作業面やエネルギ経済の面からの課題や取り組み状況について富樫辰志氏より説明があった。見学者からは、地域農業への油糧作物の普及としてカバークロップのように輪作作物としての位置づけができないか、など意見交換された。

 

雪印種苗(株)千葉研究農場

 雪印種苗(株)の千葉研究農場は、昭和23年に開設され、千葉市に位置している。ここでは、牧草や緑肥作物のみならず、園芸作物の品種開発を行っている。まず、緑肥作物の品種見本園を見学した。ヘアリーベッチやライムギ、ヘイオーツ(エンバク野生種)など馴染みの深いものや、ダイカンドラなど日本では新しい緑肥作物が栽培されている。とくに、地上部の生育状態と地下部の生育状態を比較することで、緑肥作物の特徴がよく理解され、それらの生態的な特徴をうまく栽培と組みわせることで、これらのもっている効果がうまく発揮されるものと考えられた。また、これらの緑肥作物は、耐寒性カバークロップの種類によって地上部と地下部や土壌水分状態などにより生育は異なることから、その地域の環境に適した緑肥作物の導入の必要性が理解できた。見学者からは、新しい緑肥作物についての特徴や、それらの効果について熱心な質問が相次いだ。

 また、ドリフトガードクロップについての見本園を見学した。食品衛生法の改正により、「ポジティブリスト制」が施行され、散布農薬の飛散(ドリフト)防止について注目が集まり、ここではソルゴーやエンバクを利用による障壁作物を活用し、ドリフトの軽減化を図っている。ドリフトガードクロップとしては、生育が早く草丈が高い、また倒伏しにくいなどの特徴を有している。草丈が2mを超す高糖分ソルゴーなどはドリフト防止に加えて、アブラムシの天敵のホストとなることでアブラムシの密度低減効果も期待されている。見学者からは、作付時期と成長量、主となる作物の組み合わせについて意見交換された。

 

・ ふるさと農地再生委員会 現地公開試験圃場

 茨城県竜ヶ崎市内の水田において、イタリアンライグラス(品種:ハナミワセ)を水田裏作に栽培し、その後、水稲(品種:コシヒカリ)を栽培している圃場を見学した。この圃場では、耕うん方法とカバークロップの組合わせて水稲の収量や品質に及ぼす影響を調査している。ここでは、高松求氏が長年培ってきた栽培法として、プラウ耕とカバークロップおよび米糠ボカシ肥料の利用、さらに水稲生育後期における水切り作業を実施する"高松農法"を実践している。圃場には栽培の詳細が記載されている看板が設置され、試験開始前に収量540kg/10a、食味値特Aという目標を掲げているが、今年の結果は筆者による調査では玄米収量 553kg/10a、サタケ食味計で82点を示している。高松氏からは、栽培の経過と水稲の生育の違いについて報告され「カバークロップが土を作り上げる」と説明する高松求氏、塩谷哲夫氏からは地域の農家と企業、大学が連携して地域の環境保全型農業を推進する"ふるさと農地再生委員会"の取り組みについて報告があった。見学者からは、カバークロップを活用した水稲生産での食味向上技術について質問が相次いだ。

 

 今回のワークショップでは、2日間にわたりカバークロップを利用した農作業システムについて、農業経営や農作業技術の側面からに加え、野菜栽培、作物栽培、雑草防除、害虫防除、土壌線虫、土壌微生物などの研究の側面、さらには種苗メーカや農業機械メーカからのアプローチを交えて様々な視点から研究交流が図られた。参加者の中からは、「多面的な機能をもつカバークロップを検討してくにはこのような多くの分野の人たちとの協働が大切」との意見をいただき、今後も継続的に開催を要望する声があげられた。

 このワークショップの開催にあたり、ご協力いただいました中央農業総合研究センター日本雑草学会、ふるさと農地再生委員会および茨城大学農学部の皆様に記して感謝申し上げます。  

 

No.41 20年以上も前の足立原論文を読んで

会 長  坂井 直樹

坂井直樹会長 暑中お見舞い申し上げます。ようやく関東地方も例年になく遅い梅雨明けという時期にこの小文を書いています。わが日本農作業学会も加盟している日本農学会が平成21年度に創立80周年を迎えるのに際して、本学会からも活動の小史を寄稿して欲しいということが要請されました。私の勤務する大学が夏休みに入って、いくらかはスケジュール的に楽になったかなと思われるいまを逃しては期限までに執筆できないかもしれないという多少の強迫観念をもちながら、与えられた宿題に粛々と取り組んでいます。

 学会小史執筆に際しては、当然、昭和40年に前身の日本農作業研究会が設立されて以降の「農作業研究」誌すべてに一応は目を通しました。ところで、ある意味で単調なしかも細心の注意を要するこのような作業を進める中で、思わぬ"拾いもの"をした感じがしています。そのような拾いものの一つは、評議員として本会の発展に多大な貢献をしてくださった足立原貫先生がかつてお書きになられた総説を改めて読み直すことができたことです。

 これは、『「農作業問題」において高齢者を"問題"とする前に(農作業研究 第51号; 1-5, 1984)』と題された先生の研ぎ澄まされた筆致に思わず引き込まれてしまう内容でした。正直、時代を超えてほとんどこのままで現在の状況についても説明しうる内容ではないだろうかと感じたほどです。わずか刷り上り5ページという小文ですが、随所に先生独特の感性やものの見方を感じることができました。例を挙げれば、まず、人間の問題を論じる場合の"対象"と"当事者"の微妙な違い、高齢者問題を論じる場合、高齢者を"労働力"や"弱者"、"被扶養者"としてみるのではなく、"人"を"人"としてみる姿勢が不可欠と説かれています。さらには、高齢者向きの道具や機械開発に対しても言及されています。"目からうろこ"の心境でした。農作業研究に携わるものの一人として、私自身、改めて示唆を得ることのできたと感じられる内容でした。ご一読をお勧めします。

 

No.40 東京農工大学大会に寄せて

会 長  坂井 直樹

坂井直樹会長 初夏を思わせるような暖かさの中、平成19年度日本農作業学会春季大会が3/28(水)~3/29(木)に東京農工大学府中キャンパスで開催されました。桜の花が各所で咲き誇るいかにも春らしい雰囲気のもとで大会を成功裏に終了することができました。講演題数は一般講演が72件、加えて時宜を得た魅力的なテーマセッション2件が用意されました。「将来を見据えた潜在価値が高いな」、あるいは「直ちに技術貢献が期待されるな」と思われる研究内容が散見されました。そして、喜ばしいことに3件の学会賞授与がありました、小松崎将一会員が学術賞を、南川和則会員・佐藤達雄会員が学術奨励賞をそれぞれ受賞されました。今大会は、諸点から見てレベルの高い大会であったと評価されるのではないでしょうか。関係各位にお礼を申し上げます。

 今大会では、昨年度の春季総会において認められた定数改訂後の初めての選挙で選ばれた新評議員の顔ぶれが紹介されました。評議員選挙に引き続き行われた次期執行部役員選挙において、私は、平成19年度~21年度の3年間の会長就任を要請されました。前期3年間で持てる資源を使い果たしてしまい、もともとストックの大きな器でないことは自身が承知しているところです。1965年の創設以来、本学会が社会から期待されている役割の大きさとともに、先輩諸兄が営々と築き上げてこられた組織や伝統を継承していくことの難しさを感じたときもあることから、正直なところ、会長続投を躊躇する瞬間もありました。しかし、そのようなこころの葛藤を経て、吹っ切れが消滅いたしました。新評議員の顔ぶれを改めて拝見し、さらには堀尾尚志・石川文武両副会長をはじめ、常任幹事、各種委員会委員、事務局などの強力な支援が得られる見通しがほぼついたことから、会長続投をお引き受けすることにいたしました。

 そうなると、早速、現在の本学会が直面しているさまざまな問題の所在が脳裏を過ぎります。総会におけるご挨拶でも簡単に触れましたが、すべての事案処理が重要であることは論を待たないわけですが、1)学会活動の一層の推進、2)学会誌の電子化、3)学会出版物の改訂、などをとくに今期の重要な施策として考えています。恐らく本学会だけのことではないのでしょうが、農学関係の諸学会を取り巻く最近の急速な環境悪化については深刻です。そのような中で、最新の本コラム(No. 39:二つの好機が到来)で九州支部長の中司敬評議員が「むしろ好機と捉えるべきではないか」という、思わず頷かせられるような内容をお書きになっています。こころ強い限りです。

 最後になりましたが、今大会開催に際して、笹尾彰大会委員長や澁澤栄実行委員長、関係する東京農工大学のスタッフの方々には本当にお世話になりました。東京農工大学のますますの発展を祈念するとともに、この場を利用して、改めてお礼を申し述べさせていただきます。

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