東日本大震災に関連した「声」

安全・安心な生活と生産のために

三輪精博(岐阜大学名誉教授)

 3月11日の地震発生以来,甚大な農業関係被害に心を痛めています.中でも人災である原発からの放射性物質放出は,わが国が新しく経験する深刻な災害であります.日本政府・東京電力(株)は,事故直後から国民に緊急に熟知させなければならない安全にかかわる情報を隠蔽したうえに,今日まで国民の安全・安心を取り戻す政策・対策は皆無の状態です.起災100日を過ぎ,放射性物質に汚染した稲わらや肉牛の全国拡散が明らかになりました.自然と共に生活・生産する農業従事者・農業に及ぼす影轡には計り知れないものがあり,無策な政府の基では益々放射性物質が拡散して,農業従事者の健康は基より,わが国で安全な農産品を生産出来なくなるのではないかと心配しています.ここでは①農業従事者の安全・安心,②農業生産物の安全・安心について述べてみます.

 政府は,3月11日まで永い年月をかけて確立して来た放射線管理の原則を一瞬の間に捨て去り,合理性不明な地域や暫定値を設けて無法化してしまいました.各種情報によれば,本来,放射線管理区域に指定されるべき線量の汚染地区が広く各所に存在しています.元来,放射性物質は種々の法令によって管理され,例えば事業所等の放射線管理区域内で放射線作業に従事する者は,労働安全衛生法の適用を受けて,教育・健康管理が行われています.今後,汚染した農場で農業生産を行う場合,農業従事者の健康管理は重要な課題です.

 テレビ報道では,被曝に敏感な一般の人を含めて薄い半袖の上着,半ズボンで線量測定や除染する人等,放射性物質を取り扱う着衣として,あまりにも無防備な服装がみられます.被曝には体の外側から受ける外部被曝と吸気や食物から体内に取り込んで受ける内部被曝があり,それぞれ防御方法は異なります.農業従事者は安全・安心な作業・生活のための対策を早急に確立・熟知して自らの健康を守って頂きたいと思います.

 野菜類,きのこ類,牛乳,茶,最近では牛肉からセシウム134,137が検出されたとして社会問題化しています.ここで気になるのは,これら出荷停止・廃棄される産物がどの様に処理されるか?です.牛乳は排水路?に流されていました.含有した放射性物質は何処へ行ったのでしょうか,肉牛の内臓は?国や県が協力して汚染圃場に吸収性の高い作物を栽培する試験を始めたそうですが,それらの最終処分はどうするのでしょうか?除染と称して除草,表上削除,壁の水洗など局部的な処理で,極めて局部の低線量化を得意げに示す専門家がいます.しかし放射性物質は局部の特定の場所に移されただけで,その後の取り扱いによっては,さらに拡散させることになると心配です.セシウム137についてみれば全体の線量は30年でやっと1/2になるだけです.放射性物質を系統的に安全に最終処理する方策を確立することが国に課された喫緊の課題です.農業者には安全・安心な生活・生産の場を確保しなければなりません.農産物は,消費者の内部被曝に直接関係します.国はある作物について暫定基準を作成していますが, 消費者はその数値に納得しているでしょうか?生産者の良心・プライドが問われる根本の課題と考えます.生産者の基準は,誇りを持って自分の子や孫に与えられる産物の生産でしょう.

 何世代にも亘って農業に誇りを持って携わって来た多くの方々が,人類が来だ解決の術を持たない放射性物質によって,現在の境遇を強いられていることに対して言葉がありません.これからも農業と共に生きられる方々,くれぐれもご自愛下さると共に幸多かれと折るばかりです.

 学会員の方々には,これまでには存在しなかった新しい研究課題が出現したのではないでしょうか?これを貴重な機会として,新しい農業を目指した研究を進め,それぞれご発展されますことを祈念します.

(農作業研究 第46巻第3号「声」より)

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